前回の記事では、2026年6月に成立した民法等の改正をきっかけに、事業承継における「もしも」への備えについて書きました。
では、そもそも今回の改正で、成年後見制度や遺言制度はどう変わるのでしょうか。
2026年6月17日、「民法等の一部を改正する法律」(令和8年法律第45号)と、その施行に伴う関係法律の整備法が成立し、6月24日に公布されました。
今回の改正の大きな柱は、
「成年後見制度の見直し」
と
「遺言制度の見直し」
です。
成年後見制度については、現在の「後見・保佐・補助」という3つの類型を大きく見直し、本人に必要な範囲で利用できる制度へ転換します。
遺言についても、パソコンなどで作成したデータ等を利用できる新しい遺言方式が設けられます。
ただし、2026年9月現在、これらの主要な改正はまだ施行されていません。
今回は、何がどのように変わるのかを、できるだけ分かりやすく整理してみたいと思います。
なぜ成年後見制度を見直すのか
成年後見制度は、認知症や知的障害、精神障害などによって判断能力が十分ではない方を、法律面や生活面で支援する制度です。
現在の法定後見制度には、本人の判断能力の程度に応じて、
「後見」
「保佐」
「補助」
という3つの類型があります。
例えば、判断能力を「欠く常況」にある場合は後見、「著しく不十分」であれば保佐、「不十分」であれば補助というように、判断能力の程度によって利用する制度が分かれています。
そして、それぞれの類型に応じて、後見人等が持つ代理権や取消権などの範囲も異なっています。
この仕組みには本人を保護する重要な役割がある一方で、
「本人が実際に必要としている支援の範囲と、制度によって与えられる権限の範囲が必ずしも一致しない」
という問題が指摘されてきました。
高齢化や単身高齢者世帯の増加といった社会状況の変化もあり、本人に必要な支援を、必要な範囲で利用できる制度にすることが今回の見直しの大きな目的です。
「後見」と「保佐」を廃止し、「補助」に一元化
今回の改正で最も大きく変わるのが、法定後見制度の仕組みです。
現在の「後見」と「保佐」は廃止され、法定後見制度は基本的に**「補助」へ一元化**されます。
改正後は、「精神上の理由により事理を弁識する能力が不十分である者」のすべてが補助制度の対象となります。
ただし、「補助に一本化される」という言葉だけを見ると、単に制度の名前が一つになるようにも見えます。
今回の改正で重要なのはそこではありません。
これまでのように、
「判断能力がどの程度低下しているか」
によって制度を大きく分けるのではなく、
「その人には、具体的にどのような支援が必要なのか」
によって支援内容を決めていく方向へ転換するところに、大きな意味があります。
必要な支援の内容に応じて権限を決める
改正後の補助制度では、家庭裁判所が本人の状況や必要性に応じて支援内容を定めます。
例えば、一定の重要な行為について、
「補助人の同意を必要とする」
という審判をすることができます。
その対象となり得るのは、借入れや保証、不動産その他の重要な財産に関する取引、相続の承認・放棄、遺産分割など、法律で定められた重要な行為です。
また、特定の法律行為について、
補助人に代理権を与える
こともできます。
つまり、本人について一律に広い権限を補助人へ与えるのではなく、必要な行為について必要な権限を設定するという仕組みになります。
判断能力が大きく低下した場合の「特定補助人」
では、判断能力が大きく低下し、自分で重要な財産上の判断をすることが難しい場合はどうなるのでしょうか。
そのために新しく設けられるのが、**「特定補助人」**という仕組みです。
家庭裁判所は、本人が「事理を弁識する能力を欠く常況」にあり、必要があると認める場合、特定補助人を付する審判をすることができます。
特定補助人が付された場合には、本人がした一定の重要な財産上の行為を取り消すことができるようになります。
また、特定補助人には、取消権の行使のほか、本人への意思表示を受け取ることや、本人の財産を保存するための行為などについても権限が認められます。
ここは重要なところです。
現在の成年後見制度では、後見人には幅広い代理権や取消権が与えられます。
改正後は、「判断能力が大きく低下したから、直ちに広範な権限を持つ後見人を付ける」という仕組みではなく、本人を保護するために必要な範囲を考えて支援内容を設定していくことになります。
本人の意向を尊重する
今回の改正を理解するうえで、もう一つ大切なのが本人の意向です。
改正後の民法では、補助人が補助の事務を行う際、本人の心身の状態に応じた適切な方法によって本人の意向を把握することが重視されています。
改正後の民法には、「補助開始の審判を受けた者の意向の尊重並びに心身の状態及び生活の状況の配慮」という規定が置かれます。
これは、
「判断能力が低下したから、周囲が代わりに全部決めればよい」
という考え方ではありません。
本人ができることは本人が行い、本人の意思や希望をできるだけ尊重しながら、本当に必要な部分を支援する。
今回の制度改正全体には、その考え方が表れているといえるでしょう。
なお、本人は、将来補助が必要になった場合に、誰が補助開始の審判を申し立てることができるのかを公正証書によってあらかじめ指定することもできるようになります。
必要性が変われば、支援内容も見直す
今回の改正では、一度決めた支援内容を固定するのではなく、必要性の変化に応じて見直す仕組みも整えられています。
例えば、家庭裁判所は、必要がなくなったと認める場合、補助人の同意を必要とする旨の審判の全部または一部を取り消すことができます。
一方で、ここは少し注意が必要です。
「必要がなくなれば成年後見制度そのものを自由に終了できる」
という意味ではありません。
補助開始の審判そのものについては、判断能力が不十分であるという原因が消滅した場合に取り消す仕組みになっています。
したがって、今回の改正は、
「一度利用したら同じ支援内容がずっと続く」という制度から、本人の状態や必要性に応じて支援の範囲を見直しやすくする方向への改正
と理解するのがよいと思います。
現在、後見や保佐を利用している人はどうなる?
「後見や保佐が廃止されるなら、現在利用している人はどうなるのか」
という疑問も出てきます。
今回の法律には経過措置が設けられています。
したがって、改正法が施行された日に、現在利用している後見や保佐が一斉に消滅し、自動的に新しい補助制度へ切り替わるわけではありません。
現在の後見・保佐を一定期間これまでのルールで取り扱うための規定や、新しい補助制度への移行に関する規定が設けられています。
実際の移行方法については、施行が近づくにつれて、裁判所や法務省からより具体的な案内が示されるものと思われます。
任意後見制度も変わります
今回の改正では、法定後見だけでなく、任意後見制度も見直されます。
任意後見とは、本人が判断能力のあるうちに、
「将来、判断能力が低下したら、この人に財産管理などを任せたい」
と契約によって決めておく制度です。
現在は、本人の判断能力が低下した後、家庭裁判所が任意後見監督人を選任した時から任意後見契約の効力が生じます。
改正後は、この仕組みも変わります。
新制度では、家庭裁判所が**「任意後見開始の審判」**をした時から任意後見契約の効力が生じる仕組みになります。
家庭裁判所は原則として任意後見監督人を選任しますが、明らかに監督の必要がないと認める場合には、監督人を選任しないことも可能になります。
また、現在は法定後見が開始された場合に任意後見契約が終了する仕組みがありますが、改正では、補助開始の審判を受けただけで任意後見契約が当然に終了するという規定が削除されます。
任意後見と法定の補助をどのように組み合わせるかについても、本人にとって必要な支援という観点から見直されることになります。
遺言制度も大きく変わります
今回の改正のもう一つの柱が、遺言制度の見直しです。
現在、自分で作る「自筆証書遺言」は、財産目録を除き、遺言者本人が遺言書の全文、日付、氏名を自書し、押印する必要があります。
2026年9月現在も、このルールが適用されています。
今回の改正では、この自筆証書遺言等について押印要件が廃止されるほか、これまでとは異なる新しい遺言方式が創設されます。
新しく「保管証書遺言」ができる
新しく設けられるのが、**「保管証書遺言」**です。
保管証書遺言は、書面や電磁的記録によって作成し、法務局で保管する新しい方式の遺言です。
これによって、従来の自筆証書遺言のように「本文をすべて自分の手で書く」ことを前提としない遺言の作成が可能になります。
電磁的記録、つまり電子データを利用することも予定されています。
ただし、
「パソコンで遺言を書いて、自分のパソコンに保存しておけば有効になる」
という意味ではありません。
保管証書遺言として法律上有効な遺言を作るためには、法律で定められた方式に従い、法務局による本人確認や保管など所定の手続きを行う必要があります。
具体的なファイル形式や申請方法など、実際の運用については今後、法務省令等でさらに整備されます。
自筆証書遺言の「押印」も不要に
現在の自筆証書遺言では、遺言者の押印が必要です。
今回の改正では、この押印要件が廃止されます。
法務省では、この部分を「押印の任意化等」と説明しています。
ただし、これはまだ施行されていません。
2026年9月現在、自筆証書遺言を作成する場合には、現在の法律に従って押印する必要があります。
「法律が成立したから、もう印鑑はいらない」と勘違いしないよう注意が必要です。
緊急時の遺言にも録音・録画を利用できるように
今回の改正では、一般的な遺言だけでなく、特別な事情のもとで作成する遺言についても見直しが行われます。
例えば、死亡が迫っている場合などに利用される「死亡危急時遺言」等について、遺言をしている状況を録音・録画する方法を利用した新しい方式が追加されます。
日常的に利用する制度ではありませんが、遺言制度全体として、デジタル技術を活用する方向へ大きく動いていることが分かります。
いつから変わるの?
今回の改正で特に注意したいのが、成立・公布と施行は別だということです。
法律は2026年6月24日に公布されましたが、主要な改正内容は段階的に施行されます。
成年後見制度の見直しは、公布から2年6か月以内の政令で定める日。
遺言制度のうち、押印の任意化等については、公布から1年以内の政令で定める日。
システム改修が必要となる保管証書遺言の創設等については、公布から3年以内の政令で定める日から施行されます。
したがって、2026年9月現在は、
「法律は成立したが、新しい制度への移行準備をしている段階」
と考えるのがよいでしょう。
具体的な手続を行う場合には、必ずその時点での施行状況を確認する必要があります。
今回の改正で一番大切なことは?
今回の改正は、制度の名前や手続だけを変えるものではないように思います。
成年後見制度について見ると、
「判断能力がどの程度低下したかによって一律に制度を当てはめる」
という考え方から、
「その人に、どのような支援が、どの範囲で必要なのかを考える」
という方向への転換が見えてきます。
そして、本人の意向をできるだけ確認し、尊重しながら支援する。
遺言についても、デジタル技術を利用することで、これまでより作成しやすい制度を目指しています。
高齢化が進む中で、
「判断能力が低下したらどうするのか」
「自分の財産をどう管理してもらうのか」
「亡くなった後、財産を誰に引き継ぐのか」
を、本人が元気なうちから考えやすくする制度へ変えていこうとしている、と見ることができそうです。
事業を経営している方には、もう一つ考えてほしいことがあります
そして、会社や個人事業を経営している方の場合には、もう一つ考えておきたいことがあります。
それは、
「自分の判断能力が低下したとき、事業はどうなるのか」
という問題です。
会社の株式は誰が持っているのか。
工場や店舗などの事業用不動産は誰が所有しているのか。
借入や個人保証はどうなっているのか。
そして、自分が判断できなくなったり、亡くなったりした場合、それらはどうなるのか。
成年後見や遺言の問題と、事業承継の問題は別々に見えますが、経営者の場合には密接につながることがあります。
この点については、前回の記事で詳しく書きました。
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「まだ元気だから大丈夫?」2026年民法改正から考える事業承継と“もしも”への備え
「まだ元気だから大丈夫」と思っている時期だからこそ、将来について考えられることがあります。
今回の民法改正を、自分自身や家族、そして事業の将来を考える一つのきっかけにしてみてはいかがでしょうか。
参考情報
本記事は、2026年9月26日現在の公表情報をもとに整理しています。
法務省
「民法等の一部を改正する法律」(成年後見及び遺言の制度の見直し)について
法務省
「民法等の一部を改正する法律案要綱」
e-Gov法令検索
改正後の民法
※本記事は、制度改正の概要を一般向けに分かりやすく整理したものです。個別の事情によって必要な対応は異なります。また、改正法は段階的に施行されるため、実際に成年後見、任意後見、遺言等の制度を利用する際には、その時点の法令・施行状況を確認し、必要に応じて専門家へご相談ください。



