能登半島地震 公費解体が進まない理由を考察する


 公費解体については、来年10月までに完了させるという目標に向けて、石川県、国、市町が懸命に活動しているところです。報道では公費解体が進んでいないというニュースばかりですが、公費解体が進まない理由と、それに対応する行政の取組みを整理しました。行政の皆さんの一助になれば幸いです。
 これとは別に、申請者(被災者)が公費解体の申請手続を円滑に進められるように、能登半島地震 公費解体 進まない理由から考える申請手続の進め方というブログも作成しましたので、申請にお困りの方は、そちらをご覧ください。。
 また、「能登半島地震 公費解体を加速化する -ボトルネックは何か?-というブログも作成しましたので、公費解体を加速化できないボトルネックは何なのか?知りたい方は、そちらもご覧ください。

1 被災建物の公費解体の状況

 能登半島地震の復旧・復興には、被災者の経済的負担を軽減するとともに、迅速な復旧と2次災害防止のため、公費解体を速やかに完了させることが不可欠である。しかし、半年経った今でも多くの被災建物が被災時の状態のまま残っている。
 令和6年7月15日現在、被災建物の公費解体の状況は、申請23,409棟に対して着手4,698棟(20.1%)、完了1,466棟6.3%)に留まっている。
 なお、石川県は、公費解体を令和7年10月までに完了させる目標を立てている。

※令和6年7月22日現在、被災建物の公費解体の状況は、申請24,169棟に対して着手5,443棟(22.5%)、完了1,703棟(7.0%となっている。(石川県HP)。 

2 公費解体の手続き

 公費解体の手続きの流れは以下のとおり。
⑴申請書の提出
 被災者(建物の所有者)は、市町に公費解体の申請書を提出する。
 必要な書類には、罹災(被災)証明書や所有権を証明する書類が含まれる。
 なお、申請者は所有者である必要があるため、建物が共有である場合には、共有者全員の同意書、建物が未相続である場合には、遺産分割協議書相続人全員の同意書が必要となる。
⑵書類審査等
 市町が、提出された申請書及び提出書類の内容を審査する。追加の書類提出を依頼される場合がある。
⑶現地調査(事前立会い)
 市町の職員が現地を訪問し、申請者の立会いの下、被災状況を調査(解体範囲の確認など)する。
⑷決定通知
 調査結果に基づき、市町は公費解体の対象となるかどうか審査・決定し、結果を被災者に通知する。
⑸家財等の搬出・処分
 家財等が大量に残置されることで、解体日数が長くなることが懸念されるため、できるだけ家財等を搬出・処分しておく。
⑹確認立会(実施しない市町もあり)
 市町・申請者・業者の三者が立会い、工事内容を確認する。
⑺解体・撤去
 解体業者が安全基準に従って、解体・撤去作業を行う。
⑻完了立会(完了確認)
 市町・申請者・解体業者の三者が立会い、工事の完了を確認する。
⑼完了
 解体工事が完了し、手続きの後、市町は代金を解体業者に支払う。

3 公費解体に係る望ましくない現象(公費解体が進まない原因)

 公費解体に係る望ましくない現象について、ニュース記事等の中から望ましくない現象」と思われるものを、ステークホルダーである住民市町(行政)及び解体業者(産業廃棄物業者も含む)に分けて抽出すると、以下のとおりとなる。なお、実際に現場で確認したわけではないので、見逃している重大な望ましくない現象もあるかもしれない。

⑴ 住民

・手続が煩雑で、書類の作成に時間がかかる
・建物の相続登記がなされていない(所有者が死亡)
・相続人の共有となっているが、同意が取れない
・共有者と連絡が取れない
・相続人であることを証明する遺産分割協議書等が無い(※「等」は遺言書)
・避難している所(避難所、親戚)が遠い
・相談できる相手が居ない
・家財の片付けが遅れている
・公費解体してくれることを知らない
・行政に対して強い不満がある
・住宅用地の特例が適用されず、固定資産税が上がる

⑵ 市町(行政)

・公費解体が進んでいない
・公費解体の申請が上がってこない
・災害経験のない職員が対応している
・やるべきことが多くて忙しい
・住民の反対意見や要望に対応するため時間がかかる
・建物の所有者が不明であり、申請する者が居ない
・住民が協力してくれない
・立会の調整に時間がかかる
・ボランティアが足りない
・港が被災し、陸路が中心
・道路の復旧・整備が遅れている

⑶ 解体業者(産業廃棄物業者を含む

・解体する業者が不足している
・アスベストなどの有害物質が含まれている場合がある
・ごみを分別しながら解体しなければならない
・現場の近くに宿泊施設が無く、移動に時間がかかる
・道路が復旧しておらず、重機が入れない
・産業廃棄物を搬出できない
・災害廃棄物の置き場が不足している

 これら住民、市町(行政)、解体業者の「望ましくない現象」について、原因と結果を因果関係で繋いでいくと、公費解体が進まない理由には、図1(現状ツリー:公費解体に係る望ましくない現象)のような因果関係があることが分かる。
 大きく分けて、公費解体の申請に起因する望ましくない現象(図の左側)と解体工事に起因する望ましくない現象(図の右側)の2つに分けられ、この2つの問題を同時に解決しない限り、問題は解決せず、公費解体が円滑に進むことはない。

4 公費解体を進めるために現在実施している解決策

 3の公費解体に係る望ましくない現象を解消するための解決策として、国、石川県及び市町等では以下のような取組みが実施されている。
 
 なお、このブログ書いた後、7月22日に「公費解体の加速化に向けた対応方針」が石川県と環境省の連名で公表されているので、以下を参照にされたい。
 公費解体の加速化に向けた対応方針(令和6年7月22日)
 「参考資料」公費解体の課題と取り組み状況について
 上記の対策のうち、以下の記述に無い対策は、「自費解体(費用償還)の活用の円滑化」であるが、自費解体も公費解体と目的は同じなので、公費解体を補うために、自費解体を進めて欲しいということであろう。ただどちらもリソース(解体業者など)は同じだと考えられるので、リソースの競合(取り合い)が起こらないような仕組みを構築しなければならない。

⑴ 公費解体の申請に影響を与えるもの

説明会の実施(公費解体について説明し、被災者に申請を促す)
相談窓口の設置(煩雑な書類の作成について、申請者の相談に応えるもの)
所有者不明建物管理制度の活用(建物の所有者が不明な場合の対応)
宣誓書方式の活用(共有者の同意が得られない場合の対応)
滅失登記等による手続きの簡素化(煩雑な書類の作成を簡素化するもの)
行政書士の活用(煩雑な書類の作成を支援するもの)
被災住宅用地等に対する課税標準の特例(震災発生後2年間、住宅用地とみなすもの)

 このほか、相続人の戸籍や登記事項(建物)証明書を市町が職権で取得することで、申請者からの提出を不要にしている市町も存在している。

 なお、所有者不明建物管理制度、宣誓書方式、滅失登記については、参考ブログ「令和6年能登半島地震による公費解体・撤去の申請手続の概要」を参照されたい。

⑵ 解体工事に影響を与えるもの

解体業者の確保(解体工事業の協会と連携し、解体班664班(1班は4、5名)を確保)
宿泊施設の整備(仮設の宿泊施設を設置予定)
道路の復旧・整備(8月末までに道路ネットワークの概成を予定)
海上輸送を可能とする港の整備(珠洲市飯田湊、能登町宇出津港からの海上輸送の実施)
・災害廃棄物の仮置場の増設(市町で仮置場を増設)
工程管理会議の実施(国・県・市町・業者が集まり、仮置場、輸送ルート、処理施設等の確保状況を確認し、必要な対策を実施)
ボランティアの増員支援(災害ボランティアセンターの開設?)
家財搬出・運搬・保管サービス事業者(有償)の紹介(大きな家財の一時保管)
立会の簡素化(各市町で実施?)

 これら現在実施している解決策を3で作成した図1(現状ツリー:公費解体に係る望ましくない現象)に当てはめた場合、「望ましくない現象」が「望ましい現象」に変化するかどうか確認したものが、図2(未来現実ツリー:公費解体に係る望ましい現象)である。仮に、4の解決策を全て実施し、それが有効に機能したと仮定した場合、「望ましくない現象」が「望ましい現象」に変わり、公費解体が順調に進んでいるという結果となることが確認できる。

5 今後の課題

 4で確認したとおり、各市町が現在実施している解決策を全て実行すれば、公費解体は順調に進む可能性はある。ただ、これには以下のような課題がある。

⑴ 全ての市町がこの解決策を実施しているわけではない

 以下はニュース記事等に基づくものであり、必ずしも実態を正確に反映したものではない可能性はあるが、情報からは以下のことが読み取れる。
所有者不明建物管理制度については、市町が裁判所に申し立てる必要があり、手続きが煩雑であるため、実際に適用されるケースはかなり限定されると思われる。
宣誓書方式については、ニュース記事(5/8北國新聞)によれば、「輪島市はやむを得ない場合に限り、申請者のみの宣誓書で手続きを可能とした。現時点では利用実績はないものの、 今後、必要な同意書を集められない市民が出てきた場合に採用する。一方、輪島市以外の奥能登3市町は宣誓書方式を認めていない。以下省略」と書かれている。
滅失登記等による手続きの簡素化を実施又は予定している市町は、輪島市と珠洲市のみである
ボランティアの増員支援及び立会の簡素化については、災害ボランティアセンターや市町で、必要な検討を行っているのかもしれないが、具体的な取組を確認できなかった
 
 仮に、上記が正しいとすれば、市町によっては解決策が実施されていないので、図2のような「望ましい現象」は起こらず解決策による効果は限定的なものとなる可能性がある。但し、被災者の内、どの程度これに該当するかについては市町でしか分からないので、影響が大きいものについては、面倒でもそれに対応した解決策を実施する必要がある。

⑵ 解体工事の制約と思われる解体業者をフル活用できるか?

 仮に公費解体のための申請が整ったとしても、解体作業が計画どおりに進まなければ、目標である令和7年10月までの解体完了は実現できない。この目標を達成するために必要な解体班を664班と見積もる際の基礎データとして、1班が1ヵ月で解体可能な棟数を2棟から3棟としているものと思われる。仮に、何らかの制約があって、解体作業が滞った場合には当然計画は遅れるが、逆に、1ヵ月当たりの解体棟数を増やすことができれば、目標となる期間を大幅に短縮することも可能である。これについての詳細は、「能登半島地震 公費解体を加速化する ーボトルネックは何か?-というブログを作成していますので、そちらをご覧ください。

⑶ 問題を解決するために、やるべきことが多すぎる

 4のとおり、公費解体を円滑に進めるためには、各々の問題に対応した様々な解決策を実施する必要があり、これらを全て実行するには、行政や住民の負担は大きい
 他にもっと簡単な方法で、行政や住民に負担をかけない解決策はないのであろうか。そこで、図1(現状ツリー:公費解体に係る望ましくない現象)をよく見ると、申請が無ければ公費解体できない」という申請主義を変えることができれば、解体業者の問題は残るものの、住民が申請するという行為そのものが簡素化されて、公費解体をよりスムースに行うことができるのではないかということが分かる。この申請主義というルールを変えることには様々な反対意見もあるであろうが、震災という非常事態に備えた新しいルール(法律)を設けることによって、早急に復旧が可能となり、より短期間で創造的復興のスタートラインに立てるということも非常に大切なことだと思う。日本では、災害は毎年のように起こっている。そろそろこの問題に政治家や行政が真剣に取り組んでも良いのではないかと思う。
 
 「公費解体」に関して不明な点等がございましたら、お気軽に当事務所にご相談ください。
行政書士内藤正雄事務所